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「未来を花束にして」感想

イギリスにおいてはじめて女性の参政権が認められたのは1918年のロイド・ジョージ挙国一致内閣において。(ただし、30歳以上の女性のみという限定ではある)しかしそのため女性労働者の票が労働党に流れ、ロイド・ジョージの自由党は勢いをなくしてしまうというのは歴史の皮肉。

というのが、高校世界史でなんとなく習う内容で、教科書では降って湧いたように現れた女性の権利が、どのように認められたかというのが本作です。

(以下、ぼんやりと内容に触れる)

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もちろん歴史モノというジャンルで、
女性の権利について思いを馳せるべきだと思うのですが、
この御時世、どうしても「テロリズム」の是非について考えてしまいますよね!

「女性の参政権を認める」ことは正しい。
弾圧派の「女性は感情的で政治に向かない」「男より働けない」という言い分の不条理さは、弾圧している人間ですら心から信じてはいない気がする。
そこに本質はなく、弾圧派や多くの男性が拠り所にしているのは「あたりまえ」という常識です。今までそうだったから、変えたらきっと良くないことが起こるという。面倒というのもあるでしょうね。
ですがその「あたりまえ」は社会の変化で、すぐ賞味期限が切れてしまう。自分の中の「あたりまえ」が壊れるのが嫌で、女性が男性と同じか、家事等「あたりまえ」に任されている仕事ををいれたら、確実にそれ以上に働いている現実を目にしながら「男より働けない」という理論にすがる人に声を届けるのは難しいでしょう。素直に声を聞いたら、それは「あたりまえ」=「今まで信じていた世界」の崩壊です。新しく作られた世界で、自分が今まで通りの席に座れるかはわかりませんから。

誰も自分たちの主張を聞き届けない。
メディアも自分たちを黙殺する。
だから、どんな手を使ってもこっちに目を向けさせるほかない。

女性たちは過激な運動へと身を投げていきます。

その運動の最中、政治犯として投獄された主人公に警部が言います。
「これが法だ」
その警部に対して彼女が言った言葉が
「男たちの作った法だわ」


・・・

暴力は肯定できません。ですが、必死の訴えを圧殺する、黙殺するのは暴力ではないのか。先に暴力を行使したのはそっちだ。しかし暴力に暴力で報いていいものか。だが「まともな勝負」「法に則った戦い」をしては、絶対にこちらの訴えは聞き入れられない!というのはテロリズムのジレンマと同じ構造でしょう。
多数決や、軍事力、メディアによる訴えでは絶対に勝てない方しかテロリズムには手を染めない。ここに圧倒的な不均衡がある。

今でこそ「女性参政権は認められるべき」だし、過激な運動は「必要な過程」だったと結論付けられますが、それは今のモラルで後付に裁いたことでしかない。
いつか正しさ故に過程が肯定されるなら、今のテロリズムも肯定されなければいけないわけで!ほら、「あたりまえ」の賞味期限すぐ切れますし!

・・・

いやな話ですよな。こんな話になった時点で負けです。お互いに。

・・・

こういう迷路に迷い込むたびに思い出すのが、ジェンダー文学の研究でちょっと有名だった大学の先生のお話です。
「男性に席をゆずれなんて思っていない、ちょっとお尻をどけて私達が座れるようにしてくれるだけでありがたい」
生まれつき座れている方がケツをちょっとどける。
いつまで賞味期限が続くかわかりませんが、こういう「あたりまえ」は
暴力を封じる処方箋になりうるのではないかとぼんやり思うわけです。

これも後付の気もしないではないですがね!

・・・

なかなか面白い映画でした。
上記のようなことを取っ払ったら、クロスアンジュにちょっと似てた。

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テーマ: 映画感想 ジャンル: 映画

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