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カンパネルラ工場におけるある工員の気付き。


首が半回転したシンデレラ。
足首は靴を離さない、透徹した硝子が。
溜め込んだ苦い血と、青い瓦斯とに。
張り出された皮袋を包んでいる。
夏のギフトにいいじゃない。
夏のギフトにいいじゃない。
響くカンパネルラに揺られて。

(カンパネルラ工場の社歌)


くもるさんの晴れた表情を見たことがない。
忌々しい工場長の苦々しい妻が、
カンパネルラの元になる板金を平たくするための機械(プルネールという)
に挟まれて、
潰れたトマトのコスプレをしたおかげで工場が数週閉鎖した時も、
ニコリともしなかったくもるさん。
ボクはずっとくもるさんのことを見ていた。
夏の夜の川で蛍を見つめるように、目を細めて。


くもるさんの曇った表情を見たことがない。
その年一番はじめに作られたカンパネルラには、
その製造に携わった人のイニシャルが、山伏によって刻まれる。
朗々と声を張り上げて呪言を吐きながら、
ボクらが一ミリのズレも認めず削りあげたカンパネルラの繊細な表面に、
ノミを突き立てるその姿は、間違いなど起こそうはずもない自信に満ち溢れ、
間違いが自らの間違いさに恥じて首をくくりそうな塩梅だったけど、
山伏は間違えた。くもるさんのイニシャルを。
まるで自分に瑕疵があったように、所在なく佇むくもるさんのイニシャルを(正確には誰のイニシャルをでもないのだけれど)、そっと撫でるくもるさんの表情は。


くもるさんの表情はいつも凪いでいる。
凪いだ海が彼女の顔を浸している。
頭の先を十五センチほど延長したところに、
カンパネルラの高音は響く。
くもるさんの作るカンパネルラの音は、
頭の先にある透明な器官を鋭く揺り動かし、
ボクの身体の中心を走る一本の柱を。
揺らす。
震わす。
狂わせる。
吐き気すら覚える残酷を放り出すために、
くもるさんは何度もカンパネルラを確かめたはずなのに、
カンパネルラがまだ板だったときも、
ようやくカンパネルラのカタチをなしたときも、
ボクらが削りを入れているときも、
微妙な音程の調整をしているときも、
山伏に台無しにされたときも。
くもるさんの海は少しも波立たず。

くもるさんは。


外回りをしてのカンパネルラのメンテナンスは夏場の嫌な仕事で、
夏日に当てられて悪くならないカンパネルラも、
夏日に当てられて熱をもたないカンパネルラもない。

太陽の抱きしめ方を考察するような真似を数十分繰り返し、
大きすぎる果実にへばりつくカブトムシのような真似をして、
人並みの音に戻してやる。
それを十数件。
車さんのカンパネルラが七件、古都里さんのカンパネルラが五件。
くもるさんのカンパネルラが三件。
不思議とカンパネルラの歪みを直しているとき、
それがくもるさんの育てたカンパネルラだとは気づかないし、
考えもしないのだけれど、
ある程度の音になると、ふとくもるさんの顔をしてくるから面白い。
抱きしめていても見つめていても確かめていてもわからない。

なんとなくくもるさんの表情は、
彼女の顔から十五センチほど離れた透明なところにあるんじゃないかと

(気づいた)。

(おしまい)

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Tag : 妄想

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