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ペトルーシュカ

こうも寒いと自然と炬燵のある居間に集まり、
昔話に華が咲く。
子供たちはいつの時代も刺激的な話が大好きだ。
今日も今日とてねだられる。

軍馬は健やかに荒地を駆け、
彼女は厳かに天に弓を引く。

もう12年も前になろうか――

ボクが父の地盤を引き継ぎ、
厩橋周辺に覇を唱える一族の長となったのは。

当時の群馬は今以上に群雄割拠と言ってよく、脱サラしたお父さんが蕎麦屋をはじめるかラーメン屋をはじめるか、
それとも旗揚げして群馬を我が手にしようと目論むか。
それぐらい手頃なところに天下はあった。
実際、ウチの一族は、会社をクビになった父が、勢いで社長の首を刎ねると同時に、なんとなく創り上げたものだ。
(みんなも勢いとなんとなく、トントン拍子には注意しろ)
一代で積み上げられるものなどたかがしれている。
ボクに残されたものは、僅かな金と土地、人だけは良い領民たちと、
父の忠臣の一人娘、ボクと同い年のペトルーシュカ。
それだけだった。

ペトルーシュカは忠臣だ。
馬上で指揮をとるボクの前に、
白犀に乗ってずいと進み出て、
大楯でもって矢の雨からボクをかばい、
廻り込んできた騎兵隊を直刀で薙ぎ払う。

戦の炎はケガレの炎、竈(カマド)の炎はハレの炎という信仰が当時は誰の心にもあって、馬が駆け刃翻る戦場は極めて原始的な様相を呈していた。その信仰は、共産圏から輸入したAKを震えながら構えた男が、瞬間、心の臓の病で死んでからより強まった。
お陰で、振るう刃はセラミクス、纏う鎧はジャンクを撚り合わせた刃こぼれを狙う複雑怪奇なものという、マンガ未満の戦場がそこかしこに生まれた。この武装の手軽さも、新興部族が多発したのにもつながる。ある部族など、家事に疲れたオカンが勢いで立ち上げ、トントン拍子で気づけば北毛一帯を支配していたと聴く。


生傷の絶えないペトルーシュカ。
敵の血にまみれたペトルーシュカ。
得た土地の分割のために奔走するペトルーシュカ。
捕虜交換の条件詰めのため夜を徹するペトルーシュカ。

ペトルーシュカは小人の靴屋みたいに、ボクには難しいことを、ことごとくこなしてくれていた。
「ねえペトルーシュカ、キミはなんで、ボクに尽くしてくれるんだい」
ペトルーシュカは答えなかった。
そんなことを考えるより、仕事をしていたいと言いたそうにぷいと向き直った。
いや、今思えば、言いたそうにはしていなかったのかもしれない。
わからない。ともかく、ボクはあまりにもペトルーシュカのことを知らなかった。

だからだ。
ある夜、ペトルーシュカを自室に呼んだ。
激務が祟ってか白磁の肌は紅を刷いたようで、ボクが兼ねてより燻らせていた憐憫の情を大きくした。
そもそも、同じ年頃の女性を自分の前に立たせ、盾にするというのは思春期の少年には相当なストレスで、田中の二代目は~と格好の醜聞にもなっていた。
「ペトルーシュカ」
ボクはテーブルの上に腰掛けて、少し上からペトルーシュカを見下ろしながら告げた。
一途であることと愚直であることは違うと。
もし、自分が楽だから忠臣を演じているのならば、世の中にはもっと、楽しくて、自分にとって気安く、やり甲斐のある仕事があるかもしれない。君は、世の中を知らなすぎるのではないか。
ペトルーシュカはボクに顔を見せない。ずっと俯いている。
「暇を言い渡す。もし君が、いつかもう一度、ボクに仕えたいと思ったら、また来てくれないかな」

ペトルーシュカはその夜のうちにボクの居処を去った。

ボクは甘かった。
ペトルーシュカが居なくなったことを差っ引いいても、ボクはそれなりに上手くやれると思っていた。
まず起こったのは内紛だ。領内に抱え込んでいた二つの部族が土地の問題から対立した。争いは大きくなり、独立問題に発展しかけたところで、ボクは新たな領地を得るための侵略戦争を決断した。
だがボクは戦が下手だった。起こす闘争に反比例して削られていく領地。爆発寸前の領民。
思えば、ペトルーシュカは戦が上手いだけではなかった。奇襲をよしとせず、律儀に交渉から入り、きっちりと最後通牒を突きつけてから戦火を交える。
その正当性が、負け続けの領主と、領民の心を繋いでいた最後の絆だと気づかなかったのは、愚かだった。

戦の炎はケガレの炎、竈(カマド)の炎はハレの炎。

乾坤一擲の作戦、市街を一つの竈に見立てて、敵軍の主力をおびき寄せ、大地に這わせておいた40キロにも及ぶ腸詰の油に火を放つ。
「全燔祭」
ボクにちっぽけな領地と、梟雄の二つ名を与えた作戦は、今までの戦争を一気に過去のものへと変えた。
ペトルーシュカ、君が守ってくれたボクのささやかな名声は、あの時の炎に焼かれて煤になってしまった。

考える、ボクが仏心を出さなければ――
違う、単にボクは、演じたかっただけなのだ。物分かりの良い族長を。有能すぎるペトルーシュカに、ボクの方が広い視野を持てているぞと誇示したかったのだ。
ボクは、ペトルーシュカに優っていると信じたかったんだ。
そんなことはないのに!

大義名分って怖い。
社会的弱者ほど(あやふやなれど)「正しい」立場に立ったときどこまでも暴虐になれる。
多くの領民が去った中、最後まで残ってくれた古参の家の一人息子が人質に取られ、ボクは我が身を差し出した。ほとんど自動的にそう動けたのは、ボクのことを慕ってくれていた人のためじゃない。それはペトルーシュカの手柄だ。
単にボクはもう、飽きて、疲れてしまった。それだけ。

生爪を剥がされ、さんざ嬲られた。ボクが端緒となって、竈の炎をそのまま移したものならば、戦の炎とならないという新たな仕来りができた。お陰で今の戦の主役は炎だ。
お前のせいでおれの家が、田畑が燃えたと。彼らの怒りはもっともな気がした。
だからこそ、ボクが殺されずに、厩橋に建てる巨大な塔の建造に従事させられるというのは不思議に思えた。
監督に小突かれ、同僚は恨みマシマシの眼で睨んでくるが、三食出るし7時間眠れるので死ぬことはない。

爪も生えそろったころ、夜明け前、牢番にたたき起こされ、塔の地下へ続く階段を降らされた。
驚いた。ゆうに20階分はある塔と、同じくらいの高さ(低さか?)の階段だ。
降りきったところに小さなドアがあり、入るよう促された。
中は祭壇だ。だが、宗教的な趣向はまるっきりなく、むき出しの針金や、部屋中に張り巡らされたチューブの中をぐるぐる回る銀紙ばかりが目立っている。
その中に、彼女はいた。
合板の机の上に腰掛け、ボクを見下ろす。
ペトルーシュカ。
一年以上の月日が経っても全く変わらない、ペトルーシュカ。

「ねえペトルーシュカ。ボクは君に」
ペトルーシュカは机から滑り降り、ボクの口を人差し指で塞いだ。
「謝ることはありませんよ」
自立を勝ち取りたいと思うのは、少年の常であると。
「私が、あなたの自立を妨げていた自覚はありました。いつかはあなたの前から居なくならねばならないとも思っていました。ただ、その時期が私が考えていたより早かった。それだけ」
「そんな上等なもんじゃないんだよ。ボクが馬鹿だったんだ。今でも馬鹿だけど。このザマだし」
「そうですね。全燔祭?あれは悪手中の悪手でした」
「いや……うん」
「世の中思い通りにならないものですね。名君に仕立てようとしたあなたは梟雄の名を冠され、奴隷生活」
「思い通りにならないよ。ボクはもしかしたら、君が助けに来てくれるかもしれないと思っていたんだ」
ペトルーシュカは笑った。お腹の底から、すきま風のような声を上げて。
「うそつき!」

ペトルーシュカは目尻に浮かんだものを拭いながら、
「この部屋、どうしてこうなってるかわかりますか?」
「盗聴の防止……ならこの装置はいらないな。この穴の深さなら塔の外壁にへばりついたって、可聴範囲は脱している」
「そうですね。普通のもの、であれば」
「ならば神だ。ペトルーシュカ、君が恐れているのは神の目、神の耳だ」
頭をふるふると左右に揺らすペトルーシュカ。間違いかと思ったが、その口元にゆっくりと広がる、笑み。
「さすがです。神は私たちを見て、いや、見張っているのですよ」

ペトルーシュカは語った。
おかしくはないか。簡単に銃が手に入るこの地域で、なぜ銃器を使った戦争が行われないのか。
目の前で一人、銃を撃とうとして死んだだけで、信仰心というものはこうも強まるのか。
そもそも、信仰心の元には「妥当性」幼稚な科学があるはずだ。
だが、思い当たらない。ペトルーシュカはボクの元を離れてから、ずっとその答えを探していた。

「銃器はどこから買い付けるか知っていますか?」
「主に栃木だ。東の、死の街、館林のさらに東」
「ええ、そこから来る商人から買い付けます。でもね、栃木に行ったこと、ありますか?」
ペトルーシュカは言った。栃木の商人の後をつけたこと。
ある点でぷっつりと足跡が消えてしまったこと。
蜃気楼に負けず、周辺を徹底的に調べたところ、ある点で方向感覚がおかしくなってしまうこと。
ならばと四方八方に石を投げると跳ね返ってくること。
どうやら県境と呼ばれる場所には壁が張り巡らされていること。

「不気味な反響音を耳にした瞬間、意識が遠くなって……気づいたら手術台のようなところに縛り付けられていました。横には白衣を纏った大男が、三人」
ペトルーシュカは淡々と、
「彼らは私を賞賛しました。姉妹の中で一番最初にここに到達したのはお前であると。お前は"アタリ"として作ったが、それにしても鼻が高いと」
恐ろしい事実を告げた。
「群馬県は、時が止められた実験場です。いや、そんな趣味のいいものじゃない。……意図的に刀と弓の戦国時代を再現させられた、コロシアムです」
知っていますか?私たちの戦いは、全て録画されていて、群馬の外で週に一度、放映されているということを。リアルで予想のつかない現代戦国浪漫だって……。
消え入りそうな声のペトルーシュカに、ボクは尋ねた。
「訊きたいことはたくさんあるけど"アタリ"って……?」

「私は、その番組が成立するよう、ルールに則った戦争を継続させるための、オートマトンです」

ペトルーシュカはとつとつと続けた。
群馬県は、数世代前に日本公共放送局に県民ごと買い取られたことを。
買い取られた県民は、娯楽提供のための闘争を強いられることを。
また、群馬県はスポンサーの某企業のために「銃器の完成品」に触れさせながらも、その完成品を使わせることを封じ続ければ、どのような道具の進化が見られるかの実験場であることを。
そして、全てが上手くいくために、戦の火を絶やさぬよう、また、ルールを破ったものを人知れず抹殺するよう、命じられたのが、県内に放たれた彼女の姉妹たちだということを。

信じられないという顔を――浮かべていたのだろうボクの前で、ペトルーシュカはボタンを外し、前をはだけさせた。
胸元にへばりつくメッキの蜘蛛のような器具が不気味に波打つ。
「人工心臓です。まだ、小型化が不十分で飛び出ているんですが。……おかしいですね。私は、自分がオートマトンだと知らされるまで、変な痣だなあ程度にしか思っていなかったんですよ」
「……こんな、気持ちの悪いもの、人間の業じゃなくて、なんなんですかぁ……」

ペトルーシュカ……
ボタンをなおすペトルーシュカの背を見ながらボクは何も言えなかった。
向き直ったペトルーシュカは、昔見た。平然とした、冷静な顔。

「ねえ。私に、世界を知って、それからボクに付いてくるか決めろと、おっしゃいましたよね」
「……うん」
「世界を知ったら、逆に私には選択肢がないことに気付きました。だって、この戦争を維持しようとしなければ、私、壁の向こうから心臓のスイッチ、消されちゃうんですから」
「世界を知ることは、選択肢が増えるってことじゃないよ。自分がどうしようもなく、一つの選択しかとれないということを、思い知らされるだけさ」
ペトルーシュカは、はっとした顔を見せた後、
見たこともないくらい、顔をくしゃくしゃにして、笑った。
「さすがです」

「そういうことなので、私、あの壁を壊すことにしました」
そう言うと、ペトルーシュカは机の上の燭台をぐるりと回した。塔がごぉごぉと不気味な音をたてて震え出す。
「この塔を建てる前に、私を作った博士たちに言ったんです。群馬一高い塔を建てて、その頂上に私の妹たちを幽閉し、舞わせましょうと。彼らずいぶん喜びました。まるで董卓だと」
だから、こんなばかでかい塔の建設にも目をつぶった。
「この塔は巨大な砲台です。栃木の方の壁に大穴をあけるための」
そんなことが出来るのかという目をしていたのか。
「私の作戦が、一度でも失敗に終わったことがありましたか?」
ペトルーシュカは微笑んだ。
「穴が開けば、栃木から狂犬のごとき蛮族たちが流れこんでくるでしょう。いや、銃器が使える分獣よりタチが悪い。群馬は、彼らに蹂躙されるかもしれません。ですが、そんな様相は、絶対にテレビに放映できない。公共放送局は群馬を見放す。故に、私たちを縛る銃器の呪いは解け、周りの県と、対等の争いが出来るようになるでしょう」
「ちょっと待てよ!そんな、人がたくさん死ぬだろうこと、一人で決めて」
「私、もう決めちゃったんですよ。結局、私がしたかったことって、あなたを名君にすることくらいだったんです。それはもう出来ないかもしれないから、せめて、あなたの汚名をすすげたら」
「栃木人の罪で、ボクの罪を覆い隠すっていうのか」
「あなたが栃木人の襲来から、群馬の地を守れれば、全燔祭のことなんか、みんな忘れます」
一番大切なことを、付け足すようにペトルーシュカは言った。
「そうそう、多分こんなことしたら、腹いせに私の心臓、止められちゃいます。もしかしたら、群馬県を維持するためのオートマトン全てのものも」
だからもし、生き残った妹や姉がいたら、よろしくねと。
頭が良くて、決して間違った判断をしないと思っていたペトルーシュカは、
とんでもないことが始まるスイッチを押して、そのまま動かなくなった………
ら、きれいな話なんだけど、多分栃木との県境に穴があいてから、10分くらいは彼女は生きていた。
「ペトルーシュカ。もしかしたら、君は死なないのかもしれないね」
「そうかもしれませんね」
「ねえ、ペトルーシュカ。ボクは君に伝えたいことが―――」

・・・・・
・・・・
・・・
・・


「で、今につながるわけね」
「居間だけにね」
「言ってなさいよ。これでもボクの大事な思い出なのよ」
二人の小さな娘はようやっとボクを開放した。
「どうして塔が砲台になったの?」
「どうやらすごく微妙に傾いてたらしいよ?」
「すごいのね」
「すごいな」
「ねえ、あなたもしかして、ペトルーシュカのこと好きだったの?」
「どうかな」
「少なくとも、感謝はしているのよね?」
「そうだな」

と、けたたましいブザーが居間に鳴り響く。

桐生・館林ラインで蛮族・栃木人の侵攻を食い止めたボクは、
そのまま新生群馬県の県知事に推挙された。
が、断った。
ボクにはまつりごとの才能はない。
だから今日も、攻めこんでくる栃木人を追い払う、県境警備軍の仕事をホソボソとやっている。
栃木が敵対したために、共産圏の武器は手に入らなくなったが、埼玉ルートで手に入る英独語圏の武器のほうがなじむ。
右手にH&K G3、左手にセラミックブレードの歪なスタイルで、既に体のあったまったシロサイにまたがる。
「おい、コッペリア!ガラテア!はやくしろよ。栃木人は待っちゃくれねえぞ!」
「何しろ時計が読めないものね!」
MINIMIをかかえたコッペリアがおどける。
「そもそも文字がないから、待つなんて知らないもの!」
L96のスコープをいじりながら、ガラテアも白馬に飛び乗った。

ねえペトルーシュカ。
君が死んでしまって、ボクはずっと君から、
自立できない気がするよ……。

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Tag : 妄想

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