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『傭兵ピエール』レビュー



 ジャンヌダルクを歴史から掘り出し、プロパガンダとして用いたのはナポレオンであるが、発掘されたジャンヌダルクは、祖国の危機に立ち上がる乙女というイメージのみの存在となっていた。故にその名は軽やかに伝播し、各国の烈女に冠されたが(インドにも韓国にもジャンヌダルクがいる)果たして彼女の内面――ちっぽけな10代の少女でしかなかった――へと思い至れる人間が何人いるだろうか。
 『傭兵ピエール』(著 佐藤賢一)は、聖女ジャンヌダルクとの触れ合いを通して、残虐非道の傭兵隊長が人間性を回復してゆく物語である。オタク向けの本誌において、いちおう一般文芸の枠に入るであろうこの小説を紹介するのは、作品としての完成度の高さは無論、その内容がオタク層向きだと考えるからである。
 我々は「俺しか知らないあの娘の秘密」をこよなく愛するものだ。「あの娘」はしばしば学園のアイドルやお姫様に置き換えられるが、要は誰もが憧れる高嶺の花を、自分が専有しているかのような気分を味わいたいがためだろう。この小説において「あの娘」はジャンヌダルクにあたる。我々は主人公の傭兵隊長ピエールに自らを重ね、ジャンヌと触れ合う。最前線で軍旗を振りかざすフランス軍の希望が、敵兵に罵られるだけで悔し涙に震え、使命のため必死に指揮を執るも、兵法などてんで分からぬ、無垢で世間知らずのか弱い一人の少女であることを、我々は知る。
ケッサクなのが次のシーンだ。驟雨の如く矢を放ってくる砦に向かって突撃の命令を下すジャンヌダルクをピエールが諌めると、彼女は小首をかしげ「知りませんでした。突撃しては駄目なときがあるんですね。戦争って難しいわ」と呟く。ユーモラスでかわいらしい場面だが、同時に聖女がただの女の子であり、無邪気に兵を死地に追いやる薄ら寒い現実が知られる。
 この小説の評価を「ジャンヌダルクのギャップ萌え!」の一言で済ませ、それのみをもって諸兄姉に勧めることも出来ようが、その「萌え」なるものが、一人の少女としてのジャンヌダルクに肉薄し、描き出さんとする真摯さの所以であることは断っておきたい。名作である。


本稿は2008年の夏コミで発行された
かーずSPさんの同人誌『まじカルA's』に寄稿したものです。

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